⑤ 原理講論からみた「人類始祖」 古参食口たちのパリサイ人化!! 文先生は原理基準に立って ➡ ご自身を「人類始祖」として語られている
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
原理講論 ➡ イエスは・・復帰摂理の立場から見れば ➡ アブラハムの祖先になる
文先生も復帰摂理の立場に立って
➡ 御言葉すべてがイエス様と同じように
➡ ご自身を「人類始祖」として語られている
➡ 文先生はこの原理基準を踏み外して語られた御言葉は一切ない
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
原理講論 第七章 第二節 (三)
イエスは血統的に見れば、アブラハムの子孫であるが、彼は全人類を重生させる人間祖先として来られたので、(※1)復帰摂理の立場から見れば、アブラハムの祖先になる。
ゆえに、(※2)ヨハネ福音書八章58節に、イエスはアブラハムが生まれる前から私はいたと言われた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
文先生は「(※1)復帰摂理の立場から見れば、アブラハムの祖先になる」ため、御言葉の全ては、ご自身を「人類始祖」として語られているのです。
(※2)ヨハネによる福音書 第八章 58節
58 イエスは彼ら(パリサイ人)に言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」。
59 そこで彼らは石をとって、イエスに投げつけようとした。しかし、イエスは身を隠して、宮から出て行かれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
イエス様は アブラハムの生れる前からいる ➡ 『イエス様はアブラハムの先祖である』
同じように
➡ 文先生も人類が生まれる前からいる ➡ 『文先生は人類の始祖である』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
古参食口が パリサイ人化した!!
あなたは 古参食口化していませんか?
御言葉の「人類始祖」を六千年前のアダムと解釈して30年がとおに過ぎた。そのため、古参食口は御言葉が原理と矛盾していると判断を下したのです。そして、多くの食口が文先生に石を投げ始めたのです。(私も石を持った一人でした)
しかし、文先生を批判するブログとそれに頷く食口たちは、いま、高齢と病気と孤独で、ようやく「終わり」を迎えているのです。彼らは、原理によって献身したのだから、原理を極めてから文先生を批判すればよかったのです。そうすれば、自ずと批判は収まったのです。
残念ながら、文先生を批判した彼らは為に生きる原理を捨て、「自己中心の主人」となって終わりを迎えているのです。