【1995年の男性訪韓修】 ➡ 日本エバ国に対して、非常に希望的な御言葉が語られています。
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1995年の男性訪韓修において・・・
➡ 日本エバ国に対して、非常に希望的な御言葉が語られています。
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本日は、注釈を入れません。
まず、皆さんは、この「(※1)やるべき使命を神の前に、神自体に公認されて、そうせざるを得なかった」と語られた本質が何であると思われますか?
ここの「(※1)」には、神様と文先生とお母様の秘密が隠されているのです。
➡ この秘密は2005年に語られました。
しかし、この「(※1)やるべき使命を神の前に、神自体に公認されて、そうせざるを得なかった」という本質を、分かる人はいないと思います。
御言葉(1995年 75歳)
男性訪韓修練会 ③(修練会、第二日目の午後)1995.1.11-19
先生が霊界に行って神様の前に立って報告するとすれば、召命の使命感を抱いてからのことを、「一人ひとりにこういう影響を与えて、家庭、氏族、民族、国家、世界にも、こういう影響を与えてきました。しかし日本エバ国の先輩たちが、この基準を果たし得ないので、その者たちは中間でけ飛ばしてしまいました」と報告したいのですが、そうはいかないのです。
(※1)やるべき使命を神の前に、神自体に公認されて、そうせざるを得なかったと同情されるような話を先生が報告する前に、「私はよく知っている。そのことは言わなくてもいい」と言われる、その時間を求めてこういうことをやっているのです。
(※2)その(日本が神様に召命された)動機は、夢だに思えない遠い原因からつながっているのです。遠い原因から来ているので回る円周も大きいのです。その円周に日本はみんな包容されているのだから、原理的に自動的に、神のほうに日本の環境は消化されていくのです。いい話ですね。