新「平和の主人 血統の主人」

まさに、成約時代の毒麦となられたお母様

《 黙示録18章 3-10 節 》

3 地の王たち(幹部たち)は彼女(お母様)と姦淫を行い、地上の商人たち(教会長たち)は、彼女の(高額献金を得た)極度のぜいたくによって富を得た。

7 彼女(お母様)は心の中で『わたしは女王の位についている者であって、(文先生が聖和しても)やもめではないのだから、悲しみを知らない』と言っている。

10  彼女(お母様)の苦しみに恐れをいだき、遠くに立って言うであろう、『ああ、わざわいだ、大いなる都、不落の都、バビロンは、わざわいだ。おまえ(お母様)に対するさばきは、一瞬にしてきた。

★★ ②「平和の主人 血統の主人」  お母様が 1992年 真のアダム基準を復帰された文先生に 『新婦』を紹介できなかった

777(ほふられた仔羊)

今回は、第一回目に取りあげた御言葉の解説になります

  ➡ 解説は 茶文字のところです


御言葉

平和の主人、血統の主人  (1) 一秒間で世の中が変わること

 

『ですから「圓球」という言葉があります。圓球と言ってください。(「圓球」)。

 

(※1)「圓球」というこの言葉を中心として先生が現れるのです。圓球、圓球ピースカップ!

 

(※2)皆さんは今まで、圓球ピースカップという大会を開いて宇宙が変わったということに皆気づきませんでした。

 

(※3)「圓球ピースカップ・カイン・アベル天宙競演大会」は、天地において何でしょうか。




ーーーー (※1)の解説 ーーーーー


①「圓球ピースカップ」とは外的には文先生が創設した 世界的サッカー大会です しかし 摂理的には比喩の手法をもって語られています

 ➡ 「比喩の手法」とは  こちら ➡(クリック先の御言葉〔B〕


(※2)「圓球」「圓球ピースカップ」とは 何か? ➡ 女性の生殖器

圓球ピースカップは サッカー大会の優勝カップですが ここでは 文先生は 女性の生殖器を比喩として語られています  何故なら ここの文脈を見れば  て ピースカップの形状からして 一目瞭然のはずです 


 ➡ 「圓球=圓球ピースカップ=女性の生殖器」をとおして

 ➡ (※1)「圓球」というこの言葉を中心として先生が現れると言っているのです


 ➡ お母様と子女様たち そして 幹部たちは 「生殖器に先生が現れる」という御言葉を 何度も聞いていたのです

 ➡ ほとんどの者は 卑猥なタブーな言葉として 呆れ返ったのです  このようなことは一度や二度ではなかったのです

  (私も 訪韓した時 ソラク山のホテルで 何度も聞きました 意味が分からず 自分なりに意義付けしていたことが恥ずかしいです)


 ➡ 失敗を復帰する蕩減法は 失敗を再現する現場で  失敗しなかった立場に立つことですから このような御言葉は   以前から 度々聞いていたのです

   ➡  この御言葉に対して  お母様・子女様たちは ザカリヤが不信を笑って現わしたように 開いた口が塞がらない立場に立ったのです


 ➡ 72歳となられた文先生は 1992年に 40年サタン分立路程を勝利され 再び真のアダム基準を復帰された立場に立たれました

 ➡ この時 文先生は「真の父母宣布」をなされました

 ➡ つまり この時 文先生は 実体の真の父母になる為に お母様に真のエバの基準を願っておられたのです 

 ➡ しかし お母様はすでに子供を産むことができない年齢になっていましたし ➡ それ以上に (文先生が訪韓修の御言葉で ザカリヤ・エリサベツ・マリア・ヨセフの関係を 繰り返し繰り返し語られたように) 神様は文先生に対して 本妻の立場ではできないのが原理であった為 妾の立場の新婦を用意されていたはずだったのです 


 ➡ その新婦を本妻のお母さまが エリサベツの使命を持って 文先生に紹介すれば すべてが終わったのです


 ➡ そうすれば (※1-1)文先生は「真の父母宣布」の実体として 蕩減法によって 二人の女性(お母様と新婦)を持ったメシヤとして顕れ ねたみ嫉妬を乗り越えた立場で 名実共の真の子女を産んで 出発できたはずだったのです 

 ➡ この期限が 基元節前の 天が定めた時までです


 ➡ しかし 文先生が 待っても待ってもお母様はこれは理解できず エリサベツとは反対に 呆れて 文先生を拒んでしまったのです

 ➡ これが決定的になった為 2009年に「平和の主人 血統の主人」を語られ 後世に残されたのです


 ➡ これ以降 高齢になられた文先生は 真の父母として定着できず  「精子が旅行する」と語られたのです


 ➡ ですから 2009年に (※1)「圓球」というこの言葉を中心として先生が現れるとまで語られながらも 最終的に 文先生は 実体の真のアダムとして顕れることができず 再びこの日を迎える為に 聖和されたということです


 ➡ 「精子が旅行する」と語られた御言葉が下記です


2010/1/27 清平 訓読会

『しっかりと…(お母様が)サタンの血統を受けたのです!!・・・・ 

(お母様が)70代を越えたらもう一度(お父様側に)戻ることができますが、そういうことはありません。ですから、天地父母安息圏、一番目が絶対性、二番目が真の愛、真の父母関係の精子の旅行道、精子が到達できませんでした。二番目の真の愛、真の父の関係の精子の旅行の道なのです。

何千万匹の精子が出発したとしても、定着できずに今も待っているのです。再臨主は来ているのに、新婦が来ていないので新婦も老いるのです。

 お父様はお一人になってしまいました。

これが何かというと、絶対性なのですが結婚は一度しかないのです。二回することはできないのです。

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(※4)天地が一つになって、分かれていることに気づかなかったし、

(※5)天地が分離して堕落することにも気づきませんでした

 皆さんが男女関係によって愛し合ったならば、愛したそれ自体において、男性の凸と女性の凹は、何が変わるのでしょうか。それ自体は同じですが、既に変わっているのです。

(※6)堕落して変わったということを知らなければなりません。

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