《④》その2 (キリスト教が)先生を受け入れたならば、聖進様のお母様が堕落世界を代表したレア(本妻)となり、もう一人のイギリスの祝福家庭を代表した女性がラケル(妾)となります。
本日は、《 『蕩減復帰の峠を越えましょう』 》の読み解きから離れます。
次の御言葉には、イギリスの女性が天願う本妻になるはずだったと語られています。本日はこの御言葉が『蕩減復帰の峠を越えましょう』と同一性を持っているのかどうかについて考察します。
結論は同一性を持っているということです。
(この御言葉はキリスト教が失敗しなかった場合のことを語られていますから注意を要します。)
天聖経 罪と蕩減復帰
第三章 二
「 2.真のお母様を選ぶこと
キリスト教を通して二千年の間再臨主が来ることができるようにしたがゆえに、キリスト教文化圏を中心として、第二次大戦直後にキリスト教とアメリカを中心とした勝利的基盤の上に先生が立ったならば、先生が苦労をしたでしょうか。
その当時に(キリスト教が)先生を受け入れたならば、(聖進様のお母様が堕落世界を代表したレア(本妻)となり、もう一人のイギリスの祝福家庭を代表した女性がラケル(妾)となります。そして、本妻と妾が入れ替わったなら)誰が(本妻の)お母様になっていたでしょう。(※1)聖進様のお母様が駄目ならば(=聖進様のお母様は本妻に立ち続けることができませんから、)(聖進様のお母様から本妻の位置を譲り受ける妾には)誰がなったでしょうか。
イギリスの女性です。み旨からしてイギリスの女性です。イギリスの王宮が先生と関係を結ぶのです。
そこはキリスト教文化圏ではありませんか。アメリカはイギリスが生んだのです。ですから李博士(注:李承晩)がなぜ西洋の女性を妻にしたかというと、そのような象徴的な意味があったのです。
それゆえキリスト教が反対することによって、(第一夫人の代わりに)お母様が福を得たのです。 」
(※1)
これを読み解くためには、このブログの《 ①の中にある(※3) 》にある御言葉から引用しなければなりません。
ここには次のようにあります。
《 ①の中にある(※3) 》の御言葉を引用
「 だからサタンは、ヤコブの時に、ヤコブは神の選民として帰る代表の家庭です。そのヤコブの家庭によって、(選民になる為には)堕落したすべてを清算していかなければならないのです。
(しかし、)神の血統を考えて見た時、堕落したために生まれたサタンの血統をみな殺してしまうことはできません。
殺してしまった場合には、女がなくなるのだから、メシヤという真の父母が生まれる基地がなくなるのです。
分かりますか?
(※2)(だから、蕩減が清算しきれなくても、讒訴条件を)残さないわけにはいかないのです。 」
(※2)の「(・・・讒訴条件を)残さないわけにはいかないのです。 」ということは、「レアとラケルの摂理」をもって、地獄のような環境の中で、サタン分立しなければならないことは避けられないことになります。
サタン分立する為には、お父様に対して本妻(レア)は嫉妬心を超えて妾(ラケル)と一体化する基準に立たなければなりません。そのうえで、本妻が自らの意思で本妻の位置を摂理的アベルであるラケルに譲り渡して初めて妾が本妻として立つことが出来るということになります。まさに、王道です。
そうしてから、ラケルから「あなたこそが真の母になるにふさわしいお方です」という推薦を受けるという、サタンが讒訴できない摂理的手続きを経るようになる。
これこそがお母様が超えなければならなかった《 女の八段階 》です。
ここで(※1)の本題に戻ります。
この(※1)はキリスト教が失敗しなかった場合のことを語られていますから注意を要します。
ここで言っている「聖進様のお母様が駄目ならば・・・」と言っているのは、聖進様のお母様がお父様に不信して離婚に至ったことを言っているのではないということです。
以上のような観点からもう一度(※1)を読み解きますと次のようになります。これはあくまでも、キリスト教の失敗がなかった場合の摂理観です。
「 聖進様のお母様が(原理基準からみて、本妻に立ち続けることが)(※2)駄目ならば(=聖進様のお母様は本妻に立ち続けることができませんから、聖進様のお母様から本妻の位置を譲り受ける妾には)誰がなったでしょうか。
(摂理的エバ国に立っていた)イギリスの女性です。み旨からして(=創造目的からして完成させるのは)イギリスの女性です。イギリスの王宮が先生と関係を結ぶのです。」
(※2)
「駄目ならば・・・」と語られている原理的な真意は一体何でしょういか??
あくまでも、本妻が「本妻の位置に立ち続ける」のか、或いは、本妻の位置に立ち続けることを「駄目であると理解して、本妻の位置を妾に譲り渡すようにする」のか、この責任は本妻自身あることから、「駄目ならば」と表現されているとみることが出来ます。
ところが、第一夫人は本妻から退いて離婚には至ったのですが、お父様を中心とした「レアとラケルの一体化」の摂理が無残にも踏みにじられたことになりますから、この離婚はサタンが主導した離婚になってしまいました。
勿論、これではこの時に、主の花嫁となるべきだったラケルの位置にあったイギリスの女性は登場することが出来ませんから、「仔羊の婚姻」は成すことが出来ずに通り過ぎてしまったことになります。
そして、イギリスの代わりに登場したのが日本になるが、日本にそのような女性が立ったということはこの時点では聞いていない。訪韓修の摂理はまさに、この様な女性を探し立てる為の修練会だったと言える。
以上のことからしても、冒頭にあげた御言葉と『蕩減復帰の峠を越えましょう』の御言葉は原理に沿って語られていることが分かります。
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この様な観点から現在のお母様を見た場合、どうなるのでしょうか。
これは次回にします。