新「平和の主人 血統の主人」

まさに、成約時代の毒麦となられたお母様

《 黙示録18章 3-10 節 》

3 地の王たち(幹部たち)は彼女(お母様)と姦淫を行い、地上の商人たち(教会長たち)は、彼女の(高額献金を得た)極度のぜいたくによって富を得た。

7 彼女(お母様)は心の中で『わたしは女王の位についている者であって、やもめではないのだから、悲しみを知らない』と言っている。

10  彼女(お母様)の苦しみに恐れをいだき、遠くに立って言うであろう、『ああ、わざわいだ、大いなる都、不落の都、バビロンは、わざわいだ。おまえ(お母様)に対するさばきは、一瞬にしてきた。

⑥ K派のブログ「聖和」御言葉も「平和の主人」解読に貢献しました。

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ブログ《 「聖和」 》が「平和の主人」解読に何故、貢献したのでしょうか。

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このブログには本当に感謝しています。

何故なら、このブログに載っている「訓読会」の御言葉を読んだとき、心臓の鼓動が高鳴る体験をしました。当時、幹部達の手によって遮断されて聞こえてこないお父様の生の声をどれほど求めていたかしれない私にとって、想像もしていなかった、あまりにも衝撃的なことが語られているのを初めて知ったからでした。


これらの御言葉が今も遮断されてコントロールされているのが現家庭連合です。まさに家庭連合は死の谷に沈んでいます。


このブログの御言葉を読みながら、私はお父様が宮中に霊的に幽閉されている姿をいつも脳裏に思い浮かべていました。そしてついに、ある時の訓読会を最後に、カメラの持ち込みも、通常のビデオ撮りも、録音機の持ち込みも完全に禁止になり、お父様の御言葉も動向の情報も完全に遮断されました。


それでは、このブログ《 「聖和」 》を開いていただき、ブログ記事の左袖に「訓読会」の御言葉が常時載っていますのでご覧ください。




 2004年あたりからお父様の「訓読会」の御言葉が年を追うごとに、私達には届かなくなっていました。ところが、一部ですが、2008年2009年2010年の御言葉を原稿に起こしてブログに載せられていたのです。


 私はこれを読んで本当に驚きました。


 お父様が、ちょうどこの時期と重なる、2009/7/7に「平和の主人 血統の主人」を語られましたが、なんと、お父様はこの「平和の主人 血統の主人」を補足するような貴重な御言葉が載っていたのですから、ファイル化して検索機能を利用しながら読み更けました。


私はある霊的な体験を経てから、お父様の真実の姿が知りたくて、お父様が幽閉されているような中で語られた牢獄からの手紙と思って 「平和の主人 血統の主人」に向き合うことにしました。意味不明の御言葉と格闘すること半年間、《 「聖和」 》 の御言葉や、他にも様々な御言葉を読んでいるうちに、次第に雷に打たれたような衝撃が私の全身に走るようになりました。私の信仰、40年の歳月を経て、想定外のコペルニクス的大転換が起こったのです。そして、この衝撃を何かに書き留めようとして著したのが、粗削りでしたが、今も50位前後で存在する《 777 》のブログです。

あまりにもの衝撃に表現力が乏しかったため、30以上の記事をブログから今も落としたままになっています。


 この時期の御言葉はお父様が、霊的な幽閉状態にあられた為に、「平和の主人 血統の主人」同様に、全体的に理解困難な内容になっています。しかし、この時期の摂理的な背景を他の御言葉から考察して、更には、お父様とお母様、更には子女様、そして、幹部たちに、当時、何が起こっていたのかが次第に理解できたことにより、理解しがたい御言葉が3D画像のように見えてきました。


(私は「八大教本」や「御父母様の生涯路程 全11巻」、この「訓読会」の御言葉も全てコピーして検索機能も利用できるようにしてファイル化しています。皆様も、千里の道も一歩からと言われるように、根気のいる仕事ですが、コツコツとライフワークとして取り組んでみてはいかがでしょうか。)


次回は「平和の主人 血統の主人」をお父様が八大教本に残された理由について皆さんと一緒に考えたいと思います。


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