【再整理】【詳細版】【 成約時代の新しい真理 】神様と文先生が怨讐を愛するということは、自分の妻(第一夫人、第二夫人、第三のお母様)をサタンに差し出すことだった(堕落原理)
5月11日の記事を整え、読みやすいように再整理しましたので、公開します。
質問・・原理の神様が非原理のサタンをどうして無条件に愛するようになっているのですか? 原理講論をもってお答えください。
(この質問は、私がこの御言葉がを読んだときに出てきた疑問です。?)
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成約時代の新しい真理 ➡ 下記の御言葉(1988年・68歳)
➡ 神様が怨讐を愛するということは、「(※1)神様が自分の妻(エバ)をサタンに差し出す」ことだった(『アブラハムによるイエスの典型路程』、『堕落原理』)
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成約時代で一番知らなければならないことは、神様と文先生が行かれた「アブラハムによるイエスの典型路程」だったのです。しかし、成約時代の父母である文先生とお母様は、ご自身が犠牲になったことを、誰にも分かるようには、決して語ることをされませんでした。
以下の御言葉は、文先生が40年サタン分立路程に勝利され、実質的な成約時代に入られたために、驚愕する心痛な内密を原理用語をもって語られたものです。
【重要】御言葉の解明は順序良く前からではなく、すべて、後ろの御言葉によって解明されます。(何故でしょうか?➡後日記事にします)
御言葉(1988年・68歳)
「国境を越えた真の愛の因縁」1988年10月23日 龍仁メッコール工場
「怨讐を愛せ」という言葉が宗教世界に出てきた理由
それで、神様にあって一番難しいのが何でしょうか? 神様がどれくらいのおかたかということを、皆さんは知らないでしょう?
神様が怨讐を愛するにおいて、どの程度まで愛するのでしょうか?
(※1)(神様と文先生の)愛する妻(第一夫人、第二夫人、第三のお母様)を(※2)怨讐の懐に渡してやり、(怨讐・弟子たちの)手をつかんでやり、(第一夫人、第二夫人、第三のお母様を)愛しなさいと祝福をしてあげることのできる心をもったおかたが神様です。
神様が分かりますか? (「はい」)
(※1)の検証ーーーーーーーーーーーーーー
(「(※1)(神様と文先生の)愛する妻」について・・・
参考記事 ➡ 「 【天聖経】 『(※1)(エバは)アダムの妻であると同時に神様の妻』 エバとは・・・(文先生が16歳の時の許嫁、・・・) 」
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その(妻を譲り渡す)相手はだれでしょうか?
(※3)サタンです。サタンはエバ(文先生が16歳の時の許嫁、第一夫人、第二夫人、第三のお母様)の姦夫です。違いますか?
(※3)の検証ーーーーーーーーーーーーーー
(「(※3)サタンです。」について・・・
【重要】文先生にとってのサタンとは霊的な存在だけではなく、霊的なサタンが地上を支配している堕落人間の全てがサタン側になって文先生と関わっています。例えば、イエス様の前の洗礼ヨハネ、マリア、ユダ、弟子たち全てがサタン側に支配されて十字架に関わったようにです。文先生の目の前にいるお母様、ユダ、弟子たち全てがサタン側です。ですから、「(※2)怨讐」「(※7)天使長」とは、その時代にいる文先生の目の前の洗礼ヨハネ的人物であり、ユダであり、弟子たちであり、天使長的人物です。)
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ですから神様(と文先生)の(※4)(文先生の目の前にいる弟子たちは)愛の怨讐です。その愛の怨讐が、数千年間(40年サタン分立期間)来て讒訴しても、それを(神様と文先生は)少しも嫌な表情をせず、今まで真の主人の役割をしてきました。(※5)それで、神様がこの地に一人の中心を(アダムの文先生を愛の怨讐によって)育て切るときまでは、(※6)だれでも、不平を言おうが、それに反対してはなりません。なぜかというと、(※7)(弟子たちは)天使長だったからです。
(※6)の検証ーーーーーーーーーーーーーー
(【重要】「(※6)だれでも、不平を言おうが、それに反対してはなりません。」について・・・
「(※6)だれでも、不平を言おうが、それに反対してはなりません。」という言葉は、非常に意味深な言葉です。これは「アブラハムによるイエスの典型路程」が展開された文先生を中心とした弟子たちの心理を描写した言葉です。サタンを代表した弟子たちに展開したこの典型路程は内密でしたが、この内密を経験した弟子たちが信徒に漏らしたため、それを聞いた他の信徒たち、特に、嫉妬した弟子とその妻たちに対して、「不平は言ってもいいが、反対してはいけない」と戒めたのです。
【重要】文先生は神様の六千年の縦的歴史を一代で横的に蕩減復帰する立場ですので、「(※4)」の「数千年間」を(40年サタン分立期間)とした解釈は妥当だと言えるのです。分かりますか。以下の解釈もこの原理に続きます。
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天使長(サタン)、罪を犯した天使長(サタン)がいう話が「わたし(サタン)は堕落して悪魔という悪名をもった存在になったが、神様と神様の息子の名前をもった人(文先生)がわたし(サタン)と同じでありうるか? それ(文先生)は天理原則の本然の世界の(※7)元亨利貞の位置、原理原則の位置にいるべきではないか?」と言うというのです。
(※1)の注釈ーーーーーーーーーーーーーーー
(「(※7)元亨利貞」とは・・・
易経で乾の卦のもつ四つの徳のこと。
「元」は全てのものが生まれる根源。 「亨」は全てのものが成長すること。 「利」は開花すること。 「貞」は実を結ぶこと。 天の四つの徳として春夏秋冬、仁礼儀智に配したもの。 易経の占いの結果で、積極的に徳を積み、正しい操を守れば、全てのことは上手くいくという意味。 「元(おお)いに亨(とお)る、貞(ただ)しきに利(よろ)し」とも読む。)
【重要】(この御言葉全体からすると、「アブラハムによるイエスの典型路程」が父母の犠牲であり、このことを「(※7)元亨利貞」だと言っているのです。)
【重要】(「(※7)元亨利貞、原理原則の位置にいるべきではないか?」とは・・・
サタンが神様に対して、「真の父母がメシヤならば、怨讐である私(サタン)を愛さなければ神様の息子にはなれない」ということを要求するということです。
言い換えれば、サタンが「文鮮明がメシヤならば、私が要求する文鮮明の妻を私に差し出して私を愛さなければ、文鮮明は神様の息子にはなれない」と言ってくるということです。)
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ですから(サタンは)(※8)「アダム(文先生)が完成して神様と一体になるときまでは、(文先生は妻を差し出して)わたし(サタン)を愛さなければなりません。(※9)アダム(文先生)と神様がわたし(サタン)を愛すべき原理がないだろうか?(※10)(文先生がサタンに自分の妻を与えて)わたし(サタン)を愛さなくては、神様の国を成し遂げることはできず、天国の息子(文先生)、娘(文先生が16歳の時の許嫁、第一夫人、第二夫人、第三のお母様)を(神様の国に)入れることができないのではないか」と言うのが(※11)原理(堕落原理)です。
(※8)(※9)(※10)(※11)の注釈ーーーーーーーーーーーーーーー
(「(※8)「アダム(文先生)が完成して神様と一体になるときまでは」について・・・
【重要】この御言葉が語られたのが文先生68歳の1988年です。この時点で、文先生は「(※8)完成して神様と一体になる」ことができていないことが分かります。)
(「(※9)アダム(文先生)と神様がわたし(サタン)を愛すべき原理がないだろうか? 」について・・・
【重要】 ➡ 文先生と神様がサタンを愛することによって起こったのが、成約時代の父母が犠牲になる蕩減復帰原理だと言っているのです。
この原理が、「(※10)(文先生がサタンに妻を与えて)わたし(サタン)を愛さなくてはならない」という原理です。これが『アブラハムによるイエスの典型路程』であり、これが成約時代に入って初めて語られた「(※11)堕落原理」です。
➡ これを語られたのが1988年です。40年サタン分立路程中には語られなかった、成約時代の父母が犠牲になる新しい概念(真理)です。)
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(※12)それを(サタンが言っていることを)神様が「違う」とは言えないのです。(※13)「そうだ」と言うからには、(神様も文先生も『アブラハムによるイエスの典型路程』を)そのまま行わなくてはなりません。
(※14)そこに今(1988年の今)、(サタンの要求に)引っ掛かっているのです。
(※12)(※13)(※14)の注釈ーーーーーーーーーーーーーーー
(「(※12)それを(サタンが言っていることを)神様が「違う」とは言えないのです。(※13)「そうだ」と言うからには、(神様も文先生も『アブラハムによるイエスの典型路程』を)そのまま行わなくてはなりません。」について・・・
【重要】この(※12)(※13)が、この記事の二番目に重要なところになります。一番重要なのが次の(※14)です。)
(「(※14)そこに今(1988年の今)、(サタンの要求に)引っ掛かっている」について・・・
【最重要】この「引っ掛かかっている」という問題が何かと言いますと、「(※1)(神様と文先生の)愛する妻(第一夫人、第二夫人、第三のお母様)を(※2)怨讐の懐に渡してやり、(怨讐・弟子たちの)手をつかんでやり、(第一夫人、第二夫人、第三のお母様を)愛しなさいと祝福をしてあげることのできる心をもったおかたが神様です。」とあるように、神様と同じ真の愛の基準で、お母様が神様(文先生)と一つになってサタン(天使長的人物)を祝福してあげることができないため、引っ掛かっているということです。
【重要】本然の「男性と女性」の関係は「一対一」の関係です。
しかし、ここでは、お母様が神様の愛で「二人の男性(文先生と天使長的人物)」を愛することであり、文先生も神様の愛で「二人の女性(本妻と妾)」を愛することだったのです。蕩減復帰は非法の愛でなければ戻ることができないというのです。これが堕落原理です。
文先生もお母様も、この堕落原理の関係にサタンの嫉妬心が入り込んだのであれば、サタンの所有となって失敗になります。たとえ文先生とお母様が非法の愛の関係であったとしても、神様と同じように、神様の愛のみが展開される文先生とお母様でなければなりません。
しかし、「(※14)そこに今(1988年の今)、(サタンの要求に)引っ掛かっている」と言っているのです。もちろん、引っ掛かっているのはお母様です。
(※15)何の話か分かりますか? うん?
(「はい」)
(※15)の注釈ーーーーーーーーーーーーーーー
(「(※15)何の話か分かりますか? うん?(「はい」)」について・・・
この御言葉の真意を理解できた信徒は一人もいなかったと思います。「父母が犠牲になる」という概念は理解したとしても、前回の記事にあったように、サタンに妻を差し出すという「アブラハムによるイエスの典型路程」が語られていたことを理解できた統一教会ではなかったのです。)
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それを知らなければなりません。