『成約時代の「アダム」は堕落したことを知らなかった』 しかし、『六千年前の「アダム」は堕落したことを知っていた』
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『成約時代の「アダム」は堕落したことを知らなかった』
しかし、『六千年前の「アダム」は自分が堕落したことを知っていた』
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🔶 文先生は成約時代の再臨主として来られたお方
【重要】 再臨主として来られた文先生は、ご自身を「アダム」「人類始祖」の名をもって成約時代圏の御言葉を語られました。つまり、成約時代圏にある「アダム」という言語と、イエス様までを解いた原理講論の「アダム」という言語は、同じ言語であっても、人物が違っているのです。これを知らないで御言葉を読んでいる統一教会、家庭連合、或いは、分裂した信徒たちは、さらに分裂して、ほとんどが信仰混乱に陥っているのです。
このような問題は、すでに、二千年前のユダヤ教とイエス様の間に起こっていました。(➡参考記事)
🔶 その事例として、下記に、①「御言葉(※1)(※2)」と ②「創世記(※3)(※4)」を取り上げます。
①「御言葉(※1)(※2)」(リンク先)
『(※1)アダムが堕落したことも知りません。教えてくれません。(※2)(文先生が)自ら明らかにしなければならないというのです。』(2010年の「天地人真の父母定着実体み言宣布」の御言葉)
➁「創世記(※3)(※4)」(下記)
『(※3)ふたり(アダムとエバ)の目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。・・・(※4)わたし(アダム)は裸だったので、恐れて身を隠した』
🔶 この①の「アダム」と、②の「アダム」は同じ人物ではないことは明白
もし、この①②の「アダム」の名を同一人物として読んだとするなら、今日の統一教会、家庭連合、或いは、分派した信徒たちのように、信仰の混乱は避けられないのです。
🔶 40年サタン分立路程の初期時代の文先生(アダム)の様相と、原理講論の「アダム」の様相とが非常に似ています。その違いが少なかったため、誰もが、原理講論の「アダム」であるとして御言葉を聞いていたのです。
しかし、40年路程が終わるようになると、文先生ご自身が成約時代に入られたため、アダムである文先生の様相が原理講論の「アダム」と著しい違いが分かるようになりました。特に、1985年以降、さらに、1992年以降です。
これによって、原理講論を暗記するように学んでいた先輩家庭のリーダーの多くが、文先生に誤謬があるとして、離教して行ったのです。
創世記 第3章
1 さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。
2 女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、3 ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。
4 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。5 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。
6 女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。
7 すると、(※3)ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。
(※3)の注釈ーーーーーーーーーーーーーー
(「(※3)ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。」について・・・
この記述をみれば、アダムは自分が堕落したことを知っていたことが分かります。知っていたので「(※3)(アダムは)裸であることが分かり、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた」のです。そして、10節の「(※4)」で「(アダムは)恐れて身を隠した」のです。)
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8 彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。
9 主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。
10 彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、(※4)わたし(アダム)は裸だったので、恐れて身を隠したのです」。