新「平和の主人 血統の主人」

まさに、成約時代の毒麦となられたお母様

《 黙示録18章 3-10 節 》

3 地の王たち(幹部たち)は彼女(お母様)と姦淫を行い、地上の商人たち(教会長たち)は、彼女の(高額献金を得た)極度のぜいたくによって富を得た。

7 彼女(お母様)は心の中で『わたしは女王の位についている者であって、(文先生が聖和しても)やもめではないのだから、悲しみを知らない』と言っている。

10  彼女(お母様)の苦しみに恐れをいだき、遠くに立って言うであろう、『ああ、わざわいだ、大いなる都、不落の都、バビロンは、わざわいだ。おまえ(お母様)に対するさばきは、一瞬にしてきた。

「堕落原理」とは ➡ 文先生とお母様が「(※1)サタン世界で原理的な立場に立つこと」 ➡ サタンの誘惑に勝利する ➡ ” 虎穴に入らずんば虎子を得ず ”

777(ほふられた仔羊)

 下記の御言葉は文先生が韓国の食口たちに初めて語られた御言葉です。中心的弟子たちでさえ、誰も知り得なかった御言葉です。


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下記の御言葉 抜粋〔A〕

  ➡ (※1)サタン世界で原理的な立場に立つ」とはどういうことか? 

    ➡ ①②が理解できれば、③④⑤⑥は簡単です。 

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(※1)サタン世界で原理的な立場に立つ」を整理すると次の①②③④になります。



① 文先生ご夫妻は人類を代表して【堕落が再現される環境】を【堕落しないで通過しなければならない】 ➡ これを文先生は「堕落原理」と言っています。


② 堕落原理」とは ➡ サタンの懐に入って「文先生に二人の女性」「お母様に二人の男性」という非原理的関係【堕落が再現される環境】を【堕落しないで通過しなければならない】

  つまり、「堕落原理」とは ➡ 文先生とお母様がサタンの誘惑する環境に入っていって、サタンに完全に勝利しなければならなかったということです。


③ 文先生ご夫妻が(※1)サタン(が誘惑する)世界で、原理的な立場に立てば、神様が奪ってくることができる』。


④ そのためには、文先生ご夫妻が一人の男性(文先生)に一人の女性、一人の女性(お母様)に一人の男性の立場を勝利しなければなりませんでした。


⑤ ここで問題となるのは、原理を解明された文先生は自己主管されて勝利されたとしてもお母様は違います。お母様は原理を知らない立場に立っていたことです。ましてや、文先生がお母様に断行された「アブラハムによるイエスの典型路程」はお母様からすると【天使長的人物との関係が善であると思えるように文先生が図らわれた】ということです。これが一度や二度ではなく、八段階を上がるたびにあったということです。

(「八定式」の八段階とは七つの壁を持っています。ですから、黙示録6章の「七つの封印を解く」とは、再臨主がサタンに勝利されて、この八段階にあった「七つの壁を解放する」ことです。)


 ですから、お母様に七度重なった「アブラハムによるイエスの典型路程」によって、原理を知らないお母様が勝利して通過することは不可能であったということです。何も知らないお母様の堕落は運命的であり、しかし、お母様はご自身の堕落を認めようとしません。文先生が1993年の訪韓修で「堕落したのだから堕落から始めなければならない」と語られたのは、1992年辺りになるお母様の世界基準の六度目の堕落問題です。(六度目➡個人・家庭・氏族・民族・国家・そして、『世界』の六数目です)


⑥ お母様が堕落した立場に立たれたことにより、相対である文先生も堕落圏にとどまることに、堕落した立場に立たれたことになります。


⑦ 文先生ご夫妻が「アダムとエバ」の名をもって堕落した立場に立たれたことを語られたのがこの御言葉「今後私たちが成すべきこと」だったのです。

  参考までに、下記に抜粋して〔B〕を追記しておきます。


抜粋〔A〕

御言葉(1972) 

  「今後私たちが成すべきこと」 1972.5.9 ◆文鮮明先生御言選集 55 


ですから(※1)サタン(が誘惑する)世界で原理的な立場に立てば、神様が奪ってくることができるのです。(※2)アダム(文先生)を再創造できる要素と環境の因縁を提示する条件さえ立てれば、奪ってくることができるということです。



抜粋〔B〕

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文先生ご夫妻ご自身が「アダムとエバ」の名をもって堕落した立場に立たれたことを語られた ➡ 「今後私たちが成すべきこと」から抜粋

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ⅰ)

 アダム・エバ(文先生ご夫妻)が愛を中心にサタンを神の愛で愛する利他的な愛で堕落したために、今日私たち自身が復帰していくにおいて、家庭を持って四位基台の形態を備えたとしても、完成の立場ではありません。

どんなに家庭を持ったとしても、その期間は長成期完成級を標準として越えていく期間であるということを、皆さんは知らなければなりません。



 1.統一教会における祝福の意義

ⅱ)

 ここで、父母(文先生ご夫妻)と一つになって上がっていくのです。

(文先生ご夫妻が)堕落してしまったので、再び探し求めなければなりません。

(文先生ご夫妻)父母の愛を失ったことによって、私たち人間は「父母の日」を失ってしまい、「子女の日」を失ってしまい、「万物の日」を失ってしまいました。人間が堕落することによってすべてを失ってしまったのです。 それで、ここから失ってしまったものを(文先生ご夫妻を中心として)再び探し求めなければならないのです。


ⅲ)

ところで、人間が長成期完成級で堕落したために、我々は(文先生ご夫妻を中心として)長成期完成級を再び復帰しなければなりません。そのような立場に立っているのが何かといえば、統一教会の祝福なのです。


ⅳ)

 アダム・エバ(文先生ご夫妻)は二人で堕落したために、復帰においても二人(文先生ご夫妻)で上がらなければなりません。サタンを中心として落ちた夫婦の因縁を、神様を中心として完全に一つにして、長成期完成級を越えた夫婦が現れなければならないのです。ここにおいて、信仰の三人の息子娘とか、いろいろな蕩減の内容があるけれども、時間がないので省きます。



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